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ディグニティ・セラピー(尊厳療法)

当院の緩和ケア(ホスピス)病棟で行っている、ディグニティ・セラピー(尊厳療法)について、2021年7月16日(金)の毎日新聞夕刊にて紹介されました。

人生の最後に問う「幸せ」 末期がん、尊厳療法に取り組む元校長

 

末期がんと告知された人は、残された人生をどう生きるのか。神戸のホスピスで、自分の歩んできた人生を振り返り、思いを言葉で残す「ディグニティー・セラピー」(尊厳療法)に取り組む男性患者の姿があった。新型コロナウイルス禍で家族とも自由に会えない状況のなか、命をともし続けている。

神戸アドベンチスト病院(神戸市北区)のホスピス病棟に入院する元養護学校校長、白石充夫さん(70)=同市西区。2020年11月、別の病院でステージ4の大腸がんと診断され、肝臓にも転移が見つかった。抗がん剤治療を始めたが、嘔吐(おうと)など激しい副作用に見舞われた。1回の投与だけで治療を拒み、在宅療養に切り替えた。だが、妻の智恵さん(68)らの介護の負担は大きく、家族は疲れ果てた。21年4月、神戸アドベンチスト病院に入院した。

 

がん発症前は70キロあった体重が35キロに半減。入院時、食事も取れないほど衰弱していた。絶望の中で死を待つばかりだったが、1992年に兵庫県内で初のホスピス病棟を創設した同病院の緩和ケアを通じ、生きる希望を見いだした。その一つが尊厳療法だ。

患者はセラピストの面接を受け、これまでの人生を回顧。大切にしてきたこと、達成できたこと、家族に覚えていてほしいことなどを語っていく。セラピストは聞き取った内容を記録、編集してまとめる。患者と表現などの修正を重ねて完成させた文章は、患者からの手紙として家族に渡される。大切な人にメッセージを残し、自身の人生の意味を見つめた患者は、自己肯定感を高めて人間らしい尊厳を取り戻していく。

6月上旬、白石さんは病床でセラピーを担当する病院付牧師の吉田浩行さん(55)と向き合っていた。

「あなたにとって最も重要な達成は、何でしょう? 何に一番誇りを感じていますか?」

ICレコーダーを手にした吉田さんの問いかけに、白石さんはゆっくりと語り始めた。

「一番の達成は、障害児教育を一貫してやり遂げたことです」

障害ある「娘が原動力」

 

白石さんは兵庫県明石市立明石養護学校の校長として定年を迎えるまで、教師生活37年間の全てを養護学校と障害児学級で過ごし、障害のある児童、生徒に寄り添った。養護学校では、人工呼吸器を着けた医療的ケア児の担任を自ら手を挙げて務めた。普通学校への転勤の打診を断り続け、どんなに障害が重い子でも受け入れてきた。

「原動力となったのは娘の存在。娘が私を導いてくれた」。白石さんの次女、希世子(きよこ)さん(41)は脳に重い障害がある。生後1カ月で脳腫瘍が見つかり、8度の手術を受けた。左半身まひで自ら体を動かせず、言葉を発することもできなかった。

希世子さんが3歳の頃、地域の子どもたちと一緒に学ばせたいと、両親は受け入れてくれる保育園を探した。どこも断られた。途方に暮れていた時、児童文学作家、灰谷健次郎さんが神戸市北区に保育園を開くことを新聞報道で知った。白石さんは希世子さんを連れて講演会の控室に灰谷さんを訪ね、入園希望を訴えた。灰谷さんは「かわいいねえ」と希世子さんを抱き上げ、「うちに来ますか」と言ってくれた。

入院時は衰弱していた白石充夫さんだが、栄養士がリクエストに応じて作る昼食のグラタンを「おいしい」と平らげた=神戸市北区の神戸アドベンチスト病院で2021年7月2日午後0時12分、桜井由紀治撮影

 

灰谷さんが私財を投じて83年に開設した「太陽の子保育園」。希世子さんと他の子どもたちが、共に学び合い成長していく姿が「灰谷健次郎の保育園日記」で紹介されている。白石さん夫婦と保母との交換日記を基にしたこの著書で、灰谷さんは「この世のなかでなにが美しいといっても、成長しようとするいのちほど美しいものはない」と書いた。

地域の小中学校、養護学校高等部を卒業した希世子さんは19歳の時、寝たきりとなった。兵庫県三田市の病院に入院して22年になる。「娘は自分で手足を動かせないが、私にパワーを与えてくれた」。白石さんはいとおしげに語る。

妻、長女、長男の家族全員の思い出も時間をかけて述べ、手紙は6月29日に完成した。A4判で6枚。吉田さんのセラピーは白石さんで27人目になるが、今回が最も長い文章になった。

 

手紙は家族の心に響き、慰めにもなる。ある女性患者のケースでは葬儀の席上で読み上げられた。白石さんは旅立った後、主治医で名誉院長の山形謙二さん(74)から家族に渡してもらうよう頼んでいる。

「絶望」から「希望」へ

約10年前、神戸アドベンチスト病院で尊厳療法を導入したのは山形さんだ。「患者は自分の人生はとても意味ある良いものだった、これ以外の人生はなかったと肯定的に捉え、穏やかな思いを抱く」と効用を説く。自己肯定感を高めた患者は最期まで、生きる意味があるのだと前向きになるという。

スタッフから贈られた誕生日の花束と寄せ書きを手に笑顔を見せる白石充夫さん=神戸市北区の神戸アドベンチスト病院で2021年6月28日午前10時48分、桜井由紀治撮影

 

「病院に来た時は絶望しかなかったが、もう少し生きられるのではないかと希望が見えてきた」と白石さん。入院時とは見違えるように気力を充実させ、食事も「おいしい」と食べきるようになった。

一方、新型コロナウイルス禍で智恵さんら家族の面会は制限されている。事前にPCR検査を受けていない場合、面会は1人限りで1日わずか15分。白石さんは高齢の妻を頻繁に外出させるのも心配し、週に1回ほどしか会っていない。

眠れぬ夜は看護師が話し相手になってくれた。「自分にも何かできるのでは」と、当事者同士が対話を通じて支援し合う「ピアカウンセリング」に興味を抱くようになった。白石さんは「日本では緩和ケアはただ死を待つだけと消極的な捉え方をされるが、生きるための積極的な治療法の一つ」と話す。

6月28日、白石さんは70歳の誕生日を迎えた。「古希を迎えるまでは頑張ろう」とこの日を目標にしてきた。山形さんらスタッフから「おめでとう」と祝福を受け、花束と色紙いっぱいに書き込まれた寄せ書きが贈られて「私は幸せ者」と感激の涙を流した。

白石さんは穏やかに、人生の幕を下ろす時を迎えようとしている。【桜井由紀治】

※記者はPCR検査を受け、1日当たり1時間の面会許可を受けて取材した。

ホスピスにコロナの影

新型コロナウイルスの感染拡大は、患者の終末期を支えるホスピス・緩和ケアの臨床にも大きな影響を及ぼしている。日本ホスピス緩和ケア協会と日本緩和医療学会などが2020年5月に行った調査によると、回答が得られた緩和ケア病棟がある全国295施設のうち、22施設が病棟をコロナ患者専用病棟に変更した。

コロナ患者を受け入れていない病院でも状況は深刻だ。神戸アドベンチスト病院では20年4月からの最初の緊急事態宣言時、一般病棟の面会は全面禁止とし、ホスピス病棟のみ1日1人15分だけ面会を許可した。ホスピス病棟では「家族と会えなくなる」と在宅療養を希望する患者が相次ぎ、一時最大で全20床のうち12床が空いた。21年4月下旬からの3度目の緊急事態宣言では、家族がPCR検査で陰性の場合は時間制限なしで面会できるようにしたが、自己負担の検査費用などが課題だ。

山形謙二名誉院長は「ホスピスは、家族を含めたケアが本来の姿。それがコロナによって引き裂かれた。患者にとって家族の支えは大きな力になり、スタッフは代わりになれない。病院内の安全と家族による支えという難しいバランスの中で、模索しながらやっていくしかない」と指摘する。

ディグニティ-・セラピー

終末期を迎えた患者の心身を和らげる精神療法的なアプローチとして近年注目され、カナダのマニトバ大学のハーベイ・マックス・チョチノフ教授が考案した。「愛する人たちに対するあなたの希望や夢はどんなことでしょうか?」など9項目の質問を通じ、患者が自身を振り返る。患者のQOL(生活の質)が改善し、家族のうつ症状が軽減されたなどの報告がある。

 


毎日新聞 2021年7月16日(金)

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